はじめに言っておくべきことがあります。
 いま、この州で運転している原発は存在しません。



半田車掌からプロローグ


1.原発


 みなさんには「国」という概念を捨ててほしい。それはその概念が、この土地においてそれほど重要な意味をもたないからだ。あくまで話はこの土地の隔離された内部だけで起こっていることであり、外部とは関わりない。「国」とは単位だ。単位は二つ以上あってはじめて意味を持ちうる概念だろう。だから「国」単位で考える必要はないのである。この星のこの時代にとって世界はいま、ひとつに等しい。

 この土地は「西州」と書いて「せいしゅう」と読む。俗には「ニシ」と呼ばれ、「ヒガシ」「キタ」「オオキタ」「ミナミ」「オオミナミ」と区別する。
 ニシの中心地は三箇所ある。産業・交通を念頭に発展の度合いが大きい順にいうと、臨海区、晴天区、天つ空区、となる。しかしこの差は微々たるものだ。
 このうち晴天区は一部がベッドタウンであり、晴天駅の朝のラッシュの激しさはしばしば臨海区内の駅を上回る。これは、企業が集中しているのは実際臨海の周辺都市であって通勤者が分散されるためであり、まさに臨海駅ホームがごった返すという事態にはならないということである。
 また天つ空は、どちらかといえば観光都市的性格が強く、朝と夕の戦争からは根本的に縁がない。

 ここで発電所の話にもどる。
 もっとも近年まで運転していた原発は<地の果て原発>で、世紀末に原子炉の一部破損により事故を起こし、閉鎖となった。
 <地の果て原発>はニシで二番目に計画された発電所で、当時の科学技術全てをつぎ込んだ「精一杯の」設備を備えていた。だからこそ晴天区の田舎地方はこれを受け入れたのであり、金銭面の補助だけで寛容できるとはいまの時代、科学の素人であろうと誰も思っていない。
 その発電所が自らの限界に屈した挙句、煙突に巻き込んだ有害物質を微量だが晴天区および臨海区全土にまき散らしてしまった。その先に山脈がなければ、むこうのヒガシにまで被害が及んでいたことになる。
 <地の果て原発>の事故により並々ならぬ状態に陥ったのが非居住地区のみであったとは後日各報道によってニシに行き渡ったが、この出来事によって十五年後を完成メドとしてニシで計画されていた「五基増設計画」は廃案に追いこまれた。

 ちなみに<地の果て原発>に先立つ一番目の発電所は、<沼町原発>である。田舎という側面では沼町区にとなりあった深淵区も似通った状況だが、この手の発電には大量の水を使うので、山村地域である深淵区に原発は無縁である。

 <地の果て原発>の閉鎖の波を受け、三年も経たないうちに<沼町原発>も休止となった。設備老朽化かつ設備の未熟さが長年問題視されていたため、<地の果て原発>事故は<沼町原発>の運転を休止する充分な理由になったのだった。

 発電の勢力が半々に原子力と火力でせめぎあう時代はあっけなく終わった。
 ヒガシはまだ原子力をあきらめずに頑張っているようだが、あちらも土地の範囲はニシよりわずかに広い程度なので、やがて建設反対の声がヒガシ全体の意思として発電手段を安定にみちびいていくだろう。
 ニシにおいてはその後しばらく、火力を主軸に、廃業寸前まで衰退していた風力、水力、地熱、太陽光、波力、潮力、燃料電池など、塵も積もればなんとかなるようなかたちで、ニシの電力供給に尽力した。加えてしばらくはヒガシやミナミから一定量の電力を州が買うことになっている。


2.○番街


 せっかくなのでついでに、晴天区と臨海区にまたがって連なる街について。ちなみに街の番号は西ほど若い。

 晴天区に属するのは三番まで。臨海区は残り。ここでは特徴のある街のみの列挙にとどめる。

 一番街は比較的品がよいことで知られている。シネマや州立博物館、美術館、海遊館が有名だ。晴天駅からさほど遠くない位置に埋め立てられた晴天空港は、ニシ一番を誇る広大かつ近代的な設計である。また、ベッドタウン寄りには西州大学キャンパスも位置している。

 三番街は家電製品街。

 四番街は中華街。

 六番街は飲み屋街。

 八番街は貧困街だ。かつては裕福な人間も住んでいたようだがそれははるか昔の話で、今となっては法律も条例もここを管理しきれていない。道も入り組んでおり、一度入ると出られないとまで言われる。
 しかしそれは現実おおげさな話で、衛星画像をもとにした地図は今年も発行されており、なるほど多少ややこしいつくりの市街ではあるが、地図さえケチらず買っていれば迷うことはまずない。
 もっとも、八番街で誰にもからまれずに歩ける人間はいないとの話だが――

 ちなみに都市部に貧困層が集まるのは、学問的にはそれほど珍しい現象ではないことが知られている。治安悪化は成り行きであり、州や自治体が勉強不足で他人事のように目をそらしているのが、現在の状況を打開できない何よりの要因である。


3.終点


 晴天線の終点はいま、「地の果て」と称する野っ原だ。この辺りはとくに春、桜が美しいことで有名である。
 古びた地の果て駅は、非居住区地域の二キロ手前といったところ。
 危険レベルに達している非居住区地域の周縁は高さ五メートルほどのコンクリート塀で覆われ、その外側一キロメートルの線上にも同様の塀が建てられている。

 原発設備自体は、地の果て地域の沖合いを埋め立てた「工場島」にある。更に重要な機器類はすべて地下に建造されているため、外観だけではそれほど規模の大きな発電所には見えない。

 昔は工場島まで線路が伸びていた。労働者を運ぶだけでもかなりの収益が見込めるとして、会社自身が提案したことである。
 実際に何年かは「地の果て 工場島」を終点として晴天線は運行していた。
 問題の事故後は終点がくり上げられ、晴天線は「地の果て」どまりになった。

 そのときに使われていた線路はまだ残っている。取り壊しにも費用がかかるために放置されているのである。
 その線路は、いまは海面上昇のせいもあって満潮時には水をかぶるという、ある意味幻想的な光景をつくりだす。
 それを間近に見に行かんとするツアーが数年に一度は内密に人々の間で組まれ、最後の最後に発覚して行政から厳しく注意されて中止になるということがあるのは、もはや周知の事実。
 どうも毎回行政の人間が、スパイとして一人か二人、集団に潜りこんでいるようである。



(文面から顔を上げる聴衆、彼の穏やかな視線をとらえる)


 ひとまずはこの辺りまでお伝えしておきます。
 ご清聴いただき、ありがとうございました。






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