閉幕詩
308H列車車掌のアナウンス
ドアを閉めます。ご注意ください。
(諸々動作) (発車)
今日も晴天鉄道をご利用いただきありがとうございます。 この電車は地の果てゆき快速です。 とちゅう快晴で地の果てゆき普通電車に連絡しております。 なお帰りの電車はございませんのでご注意ください。 次は駒鳥に停まります。
お客様にお願いいたします。 各車両うしろ寄りに設けております優先座席付近では携帯電話の電源をお切りください。 またそれ以外の場所ではマナーモードに設定のうえ通話はご遠慮ください。 みなさまのご理解とご協力をお願いいたします。
車掌は風です。 終点地の果てまでご案内いたします。
次は駒鳥に停まります。
(景色は流れ、都市を抜けると過疎村に入り、それもやがて過ぎ去る) (地の果ては地の果てといいながら形状を持たない) (しかし幻覚ではなく確かにそこに存在し)
(乗務) (乗車) (ときどき不意に降車) (適宜リピート)
(地の果ての手前の駅は奇遇にも、車掌の姓と同じ風という名称であった)
次は風。 風です。 風を出ますと終点地の果てに停まります。
なお帰りの電車はございませんのでご注意ください。
(雨粒が瞬間窓ガラスをかすめる)
(太陽が隠れた)
(車掌、前途多難を思う)
危険物の持ち込みは法令で禁じられております。 お客様には自力で立ち向かっていただきますよう心よりお願いいたします。
なお懐中電灯はご自分でご用意ください。
(夜が来ても昼が来ても) (地の果てはそこにある) (いつまでも着かないがいつかは必ず着くであろうことを車掌も乗客も恐れている) (そしてそれはきっと夜だ) (夜は宇宙に似ているだろう)
(夜は朝の前触れである) (宇宙は細胞の根源である)
次は地の果て。 地の果てです。 雑談はご自由にどうぞ。 車掌は車内精算に向かいます。 ご用の方はお申しつけください。 雑談はご自由にどうぞ。
(トンネルなのか宇宙なのか単なる夜なのか彼らは神経を張りつめる) (ようやく斜め前の乗客と目が合って微笑する乗客) (恐怖を共有しているのだ)
(車掌とも雑談をしよう)
(僕は丘というなまえですと一人の乗客が言った) (おれは野々といいますと二人目が言った) (車掌は制帽のつくる影のなかで優しげに目を細め、よろしくと言った)
ご用のお客様はおられませんか。 ご用でないお客様も。
(雑談をしよう、意味のない雑談をしよう) (意味を提げていないと乗車してはいけませんなどと言ったのはホラ吹きで) (そんな契約はこの世にはない) (雑談をしよう) (つまり意味はここにある)
(眠くなれば肩を貸し) (笑ってほしければ自分が笑いかけ) (寂しければ孤独から目をそらすな)
(宇宙は意味の根源だ)
(意味) (それは丘さん) (野々さん) (みなさん) (運転士) (風車掌) (あなた) (意味)
さみしいお客様はおられませんか。
(恐怖を共有する) (いつか着く地の果ては形状を持たない) (乗車とは恐怖だ) (それでも帰りの電車は、ございません) (意味) (あなた) (風よ)
( )
(始発が出た駅も確かに、地の果てだったような気がするのに)
(もしかするとそこからまた始まるのかもしれない) (仮に始まらず、そこで終わるとしても、雑談をしよう)
手をつなぎたいお客様はおられませんか。 抱きしめてほしいお客様はおられませんか。
(雑談をしよう)
(あなたのなまえはなんですか?)
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